訓たれるとはどういう事?!どういう意味?!職場で見かける訓たれる人?!こんな人には御用心?!

13682社会人へのアドバイス
13682
スポンサーリンク

訓たれるとはどういう事?!どういう意味?!職場で見かける訓たれる人?!こんな人には御用心?!

はじめに

「訓たれる」という言葉を耳にした事はないでしょうか。

本来は良い言葉なのですが、現在ではあまり良い使われ方はされていません。

よって、人とのお話しの中では、あまり利用しない事をおすすめします。

今回は「訓たれる」についてと、「職場で見かける訓たれる人」について触れたいと思います。

自分が「訓たれる」事となった時の参考として頂けたら幸いです。

訓たれるとは

「訓(クン)たれる」とは「訓」と「たれる」の言葉が組み合わされた言葉となっています。

「訓(クン)」とは

「訓(クン)」とは、「教える」「導く」「諭す」などの意味となります。

「訓示(クンジ)」や「訓辞(クンジ)」は、よく耳にする同音異義語となります。

「訓示」は「上の物が下の物に教え示す」という意味です。

「訓辞」は「上の物が下の物に教え示す言葉」という意味です。

どちらも読み方が「クンジ」となる為、お話しをしている時にこの言葉が出てきた時は、文脈で意味を解釈するしかありません。

とはいえ、どちらも「教える」「導く」という意味が込められています。

「たれる」とは

「たれる」とは「垂れる」と書き、「下の方へ下げる」などの意味もありますが、ここでは「目上の者が目下の者に示し与える」という意味になります。

これは、「訓」と同様に、「教えをたれる」「教訓をたれる」「恵みをたれる」などで利用されます。

なお、通常のお話しの中で「たれる」という言葉はほとんど耳にしないと思います。

お話しの中では、「賜る」「話す」「言う」などが一般的に利用される為となります。

では、「たれる」が使われる時はどのような時かというと、「貶める(オトシメル)時の表現」となります。

「貶める」とは、「劣った物として扱う」「見下す」「さげすむ」という意味になります。

何かを「言う事」「話す事」を貶めた表現が「たれる」となります。

「文句ばかりをたれるな!」などは、誰でも一度は耳にした事があると思います。

一般的にあまり良い意味で扱われなくなっているので、「たれる」という言葉を利用する時は注意が必要となります。

以上、「訓」と「たれる」についてでした。

「訓たれる」とは、「教える」「導く」「諭す」などの内容を「目上の者が目下の者に示し与える」という意味になります。

よって、本来は「良い意味の言葉」となります。

しかし、「教える」「導く」「諭す」などの内容について「根拠がない」「理由があいまい」など、「信憑性がない」場合があります。

また、「目上の者が目下の者に示し与える」事については、「自分は目上だと勘違いをしている」場合もあります。

「本当に正しい事なのか?」の信憑性を明らかにしなかったり、「自分は目上だと勘違いをしている状態」の時、これらの行為に対して「貶める」事を目的として、「訓たれる」という言葉が使用されます。

[スポンサーリンク]

職場で見かける訓たれる人

「職場で見かける訓たれる人」となります。

「訓たれる人」とは、「教える」「導く」「諭す」、これらの事柄を話す人となります。

もちろん、「良い意味で訓たれる」のであれば問題はありません。

例えば、「未経験の事柄」「失敗した事柄」に対する「アドバイス」があるとします。

これは、「教える」「導く」「諭す」などとなる為、言い換えると「他人の為に訓たれる」となります。

これが本来の「訓たれるの形」なのかも知れません。

しかし、「訓たれる」には色々あります。

例えば、「自分の為に訓たれる」「勝手な思い込みで訓たれる」などとなります。

このような「訓たれる」には、「教えられる事」「導かれる事」「諭される事」などがない為、「なんの価値もない物」となります。

「自分の為に訓たれる」とは具体的にどういう事なのか?

「自分の為に訓たれる」とは、「単なる自慢話し」などとなります。

一応、「自分の経験談」なので「教訓」なのかも知れません。

例えば、「俺が若い頃はこんなだった」と自慢げにお話しをする年配者がいます。

正直、「勝手にすれば良い」と思う事ですし、社会も変化をしている為、参考になる事はほとんどありません。

「自分の為に訓たれる」時、その内容は「価値のない事柄である可能性が高い」とも言えます。

「勝手な思い込みで訓たれる」とは具体的にどういう事なのか?

「勝手な思い込みで訓たれる」とは、なんの根拠もないお話しを「訓たれる事」となります。

確かに、「教える」「導く」「諭す」事となるのかも知れません。

しかし、そこに「根拠」がないので、ただ「嘘」や「デマ」を風潮しているに過ぎません。

「訓たれる人」の言葉を素直に聞き入れ、信じてしまった人たちは、さらにその「嘘」や「デマ」を他の誰かに「訓たれる」事となる可能性があります。

これは「自分も加害者になってしまう可能性がある」という事です。

この「勝手な思い込みで訓たれる」事は、「非常に危険な事」となります。

「勝手な思い込みで訓たれる」時、その内容は「他人に被害を与える可能性がある事」となります。

とはいえ「訓たれる」の全てが悪い事ではありません

「本当に自分の為になる事柄」があるのも事実です。

とはいえ、「自分の為になる事柄」については、自分自身でしっかりとチェックをする必要があります。

このチェックを怠ると、「自分には価値のない事柄」「自分の身の危険を高める事柄」となる可能性があるので注意をするようにしてください。

スポンサーリンク

simacatより一言

自分がお仕事を教える立場となった時、「訓たれる」という行為が必要となります。

この時は、今回の「訓たれる」について、忘れて頂いて結構です。

これは「教育」という目的がある為です。

とはいえ、「教育」という目的があっても、「自分の為に訓たれる事」や「勝手な思い込みで訓たれる事」があるかも知れません。

これを防ぐ為のアドバイスとなります。

「教育」をおこなう時は、「相手のペース」でおこない、「相手の理解」を意識するようにしてください。

時々、「自分の理解が本当に正しいのか?」、不安になる事があります。

その時は、相手に正直にお話しをして、調べる時間をもらうべきです。

「教育」には、「根拠のある正しい情報が必要」です。

期限などもあるかも知れませんが、「根拠のない情報」「誤った情報」で「教育」をおこなう方が問題となります。

このような意識があれば、「自分の為に訓たれる事」や「勝手な思い込みで訓たれる事」をなくす事ができます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました