良心の呵責とは?!良心の呵責に訴える?!良心の呵責を感じた時の行動とは??

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良心の呵責とは?!良心の呵責に訴える?!良心の呵責を感じた時の行動とは??

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ビジネスコラム:良心の呵責とは?!良心の呵責に訴える?!良心の呵責を感じた時の行動とは??

はじめに

間違った事をしてしまい、その事が、なかなか頭から離れず、ずっと同じ事を考えてしまう事はないでしょうか?

「お仕事の失敗」「友人との喧嘩」「まわりの人への配慮の不足」など、「なんで、あんな事をやってしまったんだろう?」「なんで、あんな事を言ってしまったんだろう?」など、「自分を責め続けてしまう考え」で、頭がいっぱいになり、なにも手に付かないといった状態です。

これは、「良心の呵責に、さいなまれてる状態」である可能性があります。

「良心の呵責(リョウウシン ノ カシャク)」は難しい言葉ですが、実際に体験した人も少なくはないと思います。

「良心の呵責」は辛い状態です。

もし、自分が「良心の呵責」に悩まされた時に備えて、その状態を知り、対策を考えておきましょう。

良心の呵責とは

「良心の呵責」とは、「罪悪感で苦しむ事」です。

「良心」とは、「自分が良いと考えている事」「自分が正しいと考えている事」、こうした事柄や行動となります。

そして、「呵責」とは、「責める事」「とがめる事」となります。

「良心の呵責」とは、「自分が良いと考えている事、正しいと考えている事に、そむいた事で、自分自身を責めたり、とがめたりする事」で、「自分自身を苦しめ続ける行動」とも言えます。

この為、「良心の呵責に耐えられない」という言葉があるように、その苦しみから開放される為に、「反省をして、謝る」「同じ間違いはしない」などの行動につながる事となります。

「自分自身を責め続ける事」は、非常に苦痛な状態です。

その状態を表す言葉が、「良心の呵責」となっています。

良心の呵責に訴える

「良心の呵責に訴える」という言葉があります。

例えば、電車やバスで席に座っているとします。

目の前に妊婦さんが現れた時、「席を譲る人」もいれば、「席を譲らない人」もいます。

席を譲るにしても、譲らないにしても、その人なりの、「正しい考えである、良心」があります。

しかし、マナー的には、妊婦さんに席を譲った方が望ましいので、ここでは「妊婦さんに席を譲る事」を「正しい考え」とします。

「席を譲らない人」に対して、「あなたも、あなたのお母さんが苦労をして生まれた」「子供は人類の宝」「弱者には優しくするべき」などの言葉で、「一般的な正しい考え」を伝えます。

その結果、「席を譲らない人」の「良心」の変化に期待をする事が、「良心の呵責に訴える」という行為となります。

実際に、どのように変化をするのか分かりませんが、「良心の呵責に訴える」事で、「席を譲らない人」が考え、自分の行動について、「良心の呵責」が発生すれば、「妊婦さんに席を譲る」事で「良心の呵責」から開放される事となります。

すごく簡単な言葉でまとめてしまうと、「問題行為をした人、もしくは、してしまった人」に対して、正しい事を伝え、それを自分で考えさせる事で、「良心の呵責」を芽生えさせる事が、「良心の呵責に訴える」という事となります。

犯罪を犯した人に対して、その人が行った事を一つ一つ挙げていくのも、「良心の呵責に訴える」行為となります。

謝った方が楽、認めた方が楽

「良心の呵責」に苦しむくらいなら、謝った方が楽ですし、認めた方が楽となります。

常に、罪の意識を感じ、その事を考え続ける事に縛られる事は、非常に苦痛な状態です。

もし、「常に様々な良心の呵責に苦しめられている」という人は、「良心の呵責」ではなく、単なる「後悔」です。

「良心の呵責」は、自分を責め、とがめ、心を締め付けます。

その状態では、他の事を考える余裕はありません。

それほどの苦痛を感じ続けても、解決する事はなく、自分自身が追い込まれるだけで、良い事は一つもありません。

したがって、「謝る」「認める」など、「良心の呵責」から、1秒でも早く開放され、楽になる事を考え、行動をしましょう。

特に、人間関係では、たったの一言、聞いたり、言われたりしただけで、「良心の呵責」に苦しめられる事があります。

「良心の呵責」を感じた時は、「謝る」「認める」をすぐに行うようにしてください。

また、その後も同じ事を繰り返さないように、「NGワード」や「NG行動」として、自分自身に刻み込む必要があります。

ちなみに、「後悔」に苦しめられている人も、対処方法は同じです。

「後悔」ばかりしている人についても、「謝る」「認める」を意識するようにしてください。

simacatより一言

自分自身を苦しめる「良心の呵責」ですが、「一般的に正しいと考えられている道徳心」を持っていても、苦しめられる時は苦しめられます。

逆に言うと、「人は間違って当たり前」という事です。

常に、「正しい行動をする意識」は大切なのですが、間違える事も想定しておくべきです。

そして、「間違えた時に、どのように行動をするのか?」を考えて、備えておく必要があります。

備えておく事で、「良心の呵責にさいなまれる機会」を減らす事が、可能となります。

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