浅はかとは?!浅慮と熟慮?!一考と熟考?!お仕事を深く考えるポイントとは?!

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浅はかとは?!浅慮と熟慮?!一考と熟考?!お仕事を深く考えるポイントとは?!

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はじめに

お仕事をしていると、「ミスの多い人」と出会う事はないでしょうか。

特に能力的に劣っているワケではありません。

むしろ、自分よりも「知識や技術」がある場合もあります。

しかし、「ミスが多い事」により、この「知識や技術」が活かされず、低い評価となっています。

他人事ではあるのですが、「非常にもったいない事をしている」と思います。

物事をあまり考えない人の事を「浅はかな人」と呼ばれます。

そして、考えが浅い事を「浅慮(センリョ)」と言います。

それとは反対に深く考える事を「熟慮(ジュクリョ)」と言います。

今回は「お仕事で浅はかな人」について、「浅慮と熟慮」という言葉の意味を踏まえて触れたいと思います。

「浅はか」により、「自分の知識や技術」を活かせない事がないように、自分自身の振り返りに役立てて頂ければと思います。

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お仕事での浅はかと熟慮と熟考

「浅はか」とは、「考えが浅いさま」という意味になります。

これは、「考えが足りない」「軽々しく考える」など、「考える行動の不足」をあらわしています。

この「考える行動の不足」が「浅慮(センリョ)」となります。

ちなみに「浅慮」の「慮(リョ)」は、「思いを巡らす」という意味なので、これが「浅い状態(不足している状態)」なので、「浅慮」となります。

そして、この「浅慮」の反意語が、「熟慮(ジュクリョ)」となります。

この「熟(ジュク)」ですが、「半熟卵」などでも利用される言葉なのですが、「考える事柄」に対しては、「よくよく」や「じゅうぶんに」などの意味となります。

したがって、「熟慮」とは、「よくよく、じゅうぶんに、思いを巡す事」という意味になります。

とはいえ、お仕事の場面では、「熟慮」という言葉をあまり耳にはしないと思います。

このような場面で耳にするのは、「熟考(じゅっこう)」ではないでしょうか。

「熟慮」も「熟考」も、深く追求すると異なる意味となりますが、「じゅうぶんに考える事」に違いはありません。

しかし、文字の違いとして「慮」と「考」があります。

「慮」は、前述の通り、「よくよく、じゅうぶんに、思いを巡す事」という意味になります。

それに対して「考」は、「じゅうぶんに考える事」という意味になります。

やはりどちらも、同じような意味となります。

それでは、「どちらを使っても同じなのか?」となります。

これは、「反意語を知る事」と「言葉を利用する場面」で判断をする事ができます。

はじめに「反意語を知る事」となります。

「熟考」の反意語は「一考(イッコウ)」となり、「一度、考えてみる」「軽く考えてみる」という意味になります。

したがって、「一考」しただけで問題が解消しない場合、「熟考」が必要となります。

ちなみに、「浅はかな人」の場合は、「浅慮」となっているので、「熟慮」が必要となります。

言葉の使い分けをおこなう時は、このように「出発点の出来事」から判断をする事ができます。

そして、「言葉を利用する場面」となります。

「浅慮」とは、言い換えると「浅はか」となります。

この「浅はか」という言葉を「お客さまや上司」など、目上の人に利用する事はありません。

また、「人にお願いをする時」も同様となります。

したがって、「お客さまや上司」に対して、もしくは「人にお願いをする時」は、「一考」や「熟考」を利用するべきとなります。

以上の事を踏まえると、「浅はか」「浅慮」「一考」「熟慮」「熟考」の使い分けをおこなう事ができます。

とはいえ、「浅はか」という言葉は良くない言葉の為、「人に使うべきではない事」を心に留めておいて頂きたいと思います。

お仕事を深く考えるポイント

「熟慮や熟考」は、「じゅうぶんに考える事」となりますが、「それはどういう事なのか?」となります。

「じゅうぶんに考える」と言われても、正直、困ると思います。

理由は、普段からそれなりの「熟慮や熟考をしている為」となります。

ミスや問題を起こした時、誰でも「同じ間違いはしない」と考えます。

「同じ間違いをしない」ために、「熟慮や熟考」をします。

しかし、また「同じ間違いをしてしまった」時、上司や管理者から「もっと考えて欲しい」という言葉を投げかけられます。

すでに「自分なりの熟慮や熟考」をおこなっている為、「これ以上、なにを考えれば良いのか分からない」と思う事となります。

「熟慮や熟考」とは、「はじめから終わり」「浅い部分から深い部分」「他の様々な事柄との関連性」を考える事となります。

したがって、「これ以上、なにを考えれば良いのか分からな」と思った時こそ、「はじめ」にもどってください。

「はじめ」にもどって、「考え方」「やり方」「影響」についての見直しをおこなう事となります。

そして、見直しの中で「間違えた部分」に到達した時、そこを「正しい状態」になおしてください。

もし、「正しい状態」が分からない時は、それが「同じ間違いを繰り返していた原因」として、しっかりと正解を知るようにしてください。

よく、「間違った部分だけを聞いてなおす」という姿勢の人がいますが、これが「浅慮」となり、「同じ間違いを繰り返す結果」となります。

そして、この姿勢が「浅はか」となります。

「どこまでが正しく、どこで間違い、どのようになおしたのか?」を正確に理解する姿勢が、「熟慮や熟考」となります。

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simacatより一言

考えが足りずにミスをする人に対して、「浅はかな人」という言葉が利用されます。

しかし、実は「熟慮や熟考」の末の行動だったのかも知れません。

したがって、前述の通り、「人に使うべき言葉ではない事」となります。

とはいえ、「本当に考えが足りていない可能性」も捨てきれません。

これは「自分が知らない事は分からない為」となるからです。

したがって、もし手を貸す必要がある場合は、はじめに「考えの確認」をおこなうようにしてください。

「考えの確認」をおこない、「知っている事」と「知らない事」の把握をおこなってください。

「考えの確認」をせずに、ただ手を貸すだけでは、なんの解決にもならない可能性が高くなります。

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